ねえメーテル、また一つ仕事が増えたよ。

前回まではこちら。

奴隷制度で過ごした幼少期の話聞いてみる?

小学5年生から始めた新聞配達も

2年が過ぎ立派な中学生。

ついに販売店から自転車が与えられ

いっきに大人の仲間入りなわけ。

だってもう3年目よ。3年。

今年から入ってきた大学生の

お兄ちゃんよりベテランなわけ。

 

配達前に折り込みを新聞に挟んでいく

作業だって速い速い。

よく見ときなさいよ。って感じで

大学生の前でスパンスパンって入れちゃう。

数えるのだって素人さんは

「にーしーろーはー」って

2部ずつ数えるところを

5部取りよ。一気に5部。

「ごーじゅーじゅうごーにじゅうー」って。

 

あのゴッツい荷台が付いた自転車の

前後にドッサリと新聞を積み込んでスタート。

徒歩の時はね、100件無いぐらい。

それが一気に200件超え。

卒業していなくなった大学生の分まで

中学生に配らせようとするなんて。

 

そこまで信頼されちゃ仕方がない。

やったろうじゃないの。

ちなみに配達件数が増えて給料が

増えても自分には関係ない。

絶対君主の父が喜ぶだけ。

 

ちなみに当時の新聞休刊日は2ヶ月に1回ぐらい。

いまの大人より働いてるね。

間違いない。

昼間は中学へ行き部活もして朝は新聞配達。

悩むヒマなんて無かった。

いや、悩みは色々あったのだけど

悩むことすら許されなかった。

高宮中学校卒業

 

このまま中学卒業と同時に働く予定だったのだけど

担任の先生の強い勧めで高校へ行くことに。

もちろん学もお金もないので奨学金を申し込む。

そして高校生としての新聞配達ライフが

始まったわけ。

相棒は自転車からバイクへ。

これはうれしかった。

相棒はスーパーカブ。

どこまでも行ける気がしたね。

 

じつは高校生になった同時に

新聞販売店も変えたの。

地方紙から全国紙へ。

朝刊だけだったのを夕刊の配達も。

おまけに集金まで。

どれだけ働き者なんだと。

全額家に入れるってどれだけ孝行息子なんだと。

いや、入れたくて入れていたわけでは無い。

給料袋を開ける権利が無かっただけ。

 

でもね。

ある日のこと。

販売店の店主から

「返さなくて良い奨学金があるから申し込んでみようか」と。

これが給料と別にもらえたわけ。

もうね!もうね!もうねぇぇぇぇ!!

めちゃくちゃうれしかった。

もちろん親には内緒よ。

あたりまえよ。

小学生から頑張ったんだもん。

 

ところが。。

あれは夏休みだったかな。

父親から「皿洗いのバイトがあるから」と

レストランに連れて行かれた。

ええええ!まだ働けと。

仕方なく夏休みの間皿洗いのバイト。

仕事は楽しかった。

みんな良い人でお昼のまかないも

美味しかったの。

新聞配達以外のアルバイトは初めて。

いっきに社会人の仲間入りしたみたいで

本当に楽しかった。

 

夏休みが終わって給料日。

「お父さんに渡したよ」って。

。。。。。

。。。。。

主よ。あなたに慈悲は無いのか。

 

メーテル、機械の体が欲しいよ。

こころがまた一つ消えそうだよ。

タダで機械の体をくれる星に連れてって。

 

まだまだ続く。次回奴隷編最終回。

 

※昭和40年代の話。全部実話です。w

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